2012年5月22日火曜日

*【詳細決定しました!】ADcafe.311 vol.06 【2012.06.17(日)】*

◆ADcafe.311 vol.06を開催します◆
2012年第2弾、vol.06のゲストが決定しました!

今回も、前回同様3331 Arts Chiyodaにて、場所をお借りする予定です。

今回は、庭師を中心に集まり被災地で植樹などさまざまな活動をされている庭JAPANの古川乾提さんをお招きし、これまでの活動についてお話ししていただけることになりました!

南三陸わかめプロジェクトの相田麻実子さんには、マイクロファイナンスで南三陸町の漁師さんに漁具を提供するというお金の流れの明確なダイレクトな支援について話してもらう予定です。

そしてボランタリー・アーキテクツ・ネットワーク(VAN)の宮幸茂さんには、女川町を対象として仮設住宅に住む方々に聞き取り調査をおこない、その結果をもとに住環境の改善を図る仮設住宅の住環境改善プロジェクトについてお話していただきます。

また、神戸大学院生の友渕貴之さんには、横浜市立大・鈴木研究室、神戸大槻橋研究室、東北芸工大・竹内研究室が中心となって取り組んでいる気仙沼市唐桑町大沢地区の高台移転・まちづくりについての住民とのワークショップ「大沢みらい集会」について話をしていただきます。

ランドスケープ、金融、建築それぞれの立場から興味深いお話が聞けるかと思います。

日にち:2012年06月17日(日)
時間:13:50開場 14:00開始 17:00終了予定
場所:3331 Arts Chiyoda わわプロジェクトルーム(予定)
〒101-0021 東京都千代田区外神田6丁目11-14


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参加費:無料
参加方法:adcafe.mail@gmail.comまで参加の旨と名前・連絡先をご連絡ください。


<program>
13:50 開場
14:00 スタート

14:10 南三陸わかめプロジェクト(相田麻実子さん)
14:30 女川町仮設住宅調査(VAN・宮幸茂さん)
14:45 大沢みらい集会(友渕貴之さん)
15:15 庭JAPANの活動について(古川乾提さん)

15:45 15分休憩

16:00 フリートーキング
16:50 お知らせ
17:00 クローズ

出席希望のご連絡、質問等は上記アドレスまでご連絡ください。

ADcafe staff

2012年2月17日金曜日

ADcafe.311 vol.05 レビュー

01.28に行われたADcafe.311 vol.05のレビューを掲載します。
今回のレビューは、青木健さん(PLAY)に書いていただきました。

各発表に対する詳細なレポートとなっておりますので、当日会場に来られなかった方も発表の内容をフォローしていただけるかと思います。
是非ご一読下さい。

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1/28に行われたADcafe.311 vol.05のレビューです。
長くなってしまいましたが、是非皆さんに知っていただきたい内容なので読んで頂ければと思います。

ADcafe.311 vol.05では谷口景一朗さん(日建設計/ADcafeスタッフ)、笠井暁史さん(医師/石巻赤十字病院)、相澤久美さん(建築家/震災リゲイン)+高木伸哉さん(編集者/フリックスタジオ/震災リゲイン)の三組による発表の後、来場者とのディスカッションが行われました。場所は3331Arts Chiyoda。20~30名の方が集まりました。

一人目の発表者である谷口景一朗さんからは日建設設計の同僚の有志グループで取り組んでいる「Run & Escape Map(逃げ地図)」がどのようなきっかけで生まれたかという話から始まり、震災からの長期的な復興フェーズにおける活用の方法、現地自治体とのやりとりを踏まえた上での今後の展望が語られました。

日建設計は震災後、震災復興ボランティアチームを有志でたちあげ、2011年4月には「東北大学生の特別オープンデスク受け入れ」、4月17日は特別オープンデスクに参加した学生らにより被災エリアの震災前の統計データをまとめたリサーチの発表会を兼ねた「東日本大震災の復興について考える公開ブレインストーミング」、被災した気仙沼の高橋工業への「高橋工業募金」など震災復興への初期フェーズでの取り組みが行われました。2012年1月現在、長期フェーズに移行しているいくつかの日建震災復興ボランティアチームの取組みの一つである「Run & Escape Map」は、募金で集まったお金を高橋さん宅で手渡した際に被災地のリアルな話を聞いたのがきっかけとなり、ボランティアチームが調査を進め、被災地に何が役に立ちそうなものを仮説として立てるところから始められました。
今回の震災による津波被害の大きさは1000年に一度といわれるほど甚大なものでしたが、歴史的には30年に一度程度の頻度で津波の被害を受けている地域であることが記録からわかります。明治三陸沖地震で発生した津波によって被害を受けた後、高台移転を含めた大規模な復興が行われましたが、時が経つにつれ海抜の低いエリアへ居住地が徐々に広がり、そのようなエリアが今回の津波でも大きな被害を受けたことがわかります。過去に何度も津波の被害を受けているエリアであるため、過去の津波被害を伝える碑や、文章としての記録、人々の記憶として受け継がれている部分もありますが、時が経つにつれ風化してしまい、教訓が生かされず被害を繰り返し受けてしまっているという現実があります。
このような経緯を踏まえ、「Run & Escape Map」は地域の安全・危険レベルを地図上に可視化することで人命救助に対しより効果的な復興案をハードとして整備するためのツールとして考案されています。具体的には、過去の浸水エリアを地図上にレイヤー状に重ね、安全標高以上の地域をゼロ次避難地域として設定し(住民との話し合いのうえ合意を得ながら)、既存の道路を通って避難ポイントに徒歩43m/分(高齢者の歩行スピード)で到達できる時間に応じて(五分刻み)色分けがされています。「Run & Escape Map」は地域の津波リスクをあまりにもはっきり可視化してしまうという指摘もあったようですが、スーパー堤防を築く案、避難のためのバイパス道路整備案、近道整備案、避難タワー建設案、丘造成案、高台移転案などさまざまな選択肢がある都市計画レベルの復興プランを、それぞれの整備に要する予算、期間に加え、津波による人命被害をどのくらい効果的に抑えられるかという視点から評価を行い、修正、比較検討をすることができます。さらにそれぞれの復興プランの作成過程においても、どこに避難バイパス、近道、高避難タワーを整備するのが効果的かを検討したり、高台避難検討する際に集会所を避難経路上に移転させたり、移転を段階的に行う優先順位を津波被害のリスクが高いところから進めるなど、さまざまなフェーズでその効果を可視化することのできる「Run & Escape Map」を用いることで、住民、行政、専門家の三方に対し開かれた状態でよりきめ細かなプランを作成することが可能になります。これらの手法によって津波が発生した時に避難しやすい街のハードを整備するとともに、谷口さんが何度も念を押されていたように、避難意識を高める訓練、伝承、教育などソフトの部分を同時に充実、連携させ、地域の人々の生活の一部として津波対策を組み込むことが、津波で破壊された街の未来を考えるときに不可欠であるということを考えさせられました。また、建築教育を受けた者たちが都市設計の初期段階からかかわっていくことの大切さ、有効さを彼らの行動力、責任感、誠実さから実例を持って伝えていただきました。
「Run & Escape Map」通称「逃げ地図」は現在も現地自治体、住民とやり取りをしながらのその可能性を探る取組みが継続的に行われているようです。3月にはいくつかの会場で公開展示され、さらにその作成をコンピュータを用いて自動化することで広範囲、多箇所で行い、津波以外の災害リスクの評価も加えるなどして、東日本大震災の被災地での復興施策のデータベース、都市部(東京など)での都市計画のベースマップとする「逃げ地図2.0」として展開させていくことになっているそうです。興味がある方は是非問い合わせてみてください。http://www.ozone.co.jp/event_seminar/event/detail/1275.html

二人目は石巻赤十字病院で腎臓内科医として勤務されている笠井暁史さんです。自らも被災した職員が多く働く被災地の拠点病院が、地震が発生した直後からどのように機能したのかを病院のハード、ソフト双方の視点から発表していただきました。
一枚目のスライドに4/3に震災後初めて休みをとって被災地を回られた時に笠井さん自身で撮られた写真を写し、「これは現実なのか?と思った」、と淡々と語り始められました。映像では繰り返し見ていた被災地にはヘドロを腐らせたような匂いが充満し、トラックや重機の音だけが響く独特の静けさが広がっていたそうです。壊滅的な被害を受けた地域を回られるなかで目の当たりにした津波に飲み込まれた大川小学校では屋上にまで津波が到達し、多くの方がお亡くなりになったそうです。そこで笠井さんが語られたのは感傷的な言葉ではなく、なぜここで多くの方がなくならなければいけなかったのか、どうすれば命を救うことができたのかという、人の命と常に隣り合わせで接している医師としての言葉でした。笠井さんは、同様な規模、地理的条件でありながら、事前の非常通路の設置、ストップウォッチを用いた避難訓練を実施していたことで人的被害をゼロに抑えることができた越喜来小学校の例と比較分析し、「備えがいかに大切か」という発表のテーマへとつなげていきます。
仙台から車、JRで一時間のところに位置する人口15万人程度の石巻市を中心とした石巻医療圏に1つだけある拠点病院の石巻赤十字病院で笠井さんは働いておられます。石巻医療圏にはいくつかの公立病院がありますが、そのほとんどが沿岸部に位置していたため、東日本大震災による津波によってそのすべてが機能しなくなくなり、石巻医療圏21万人の唯一の災害拠点病院として多くの人が石巻赤十字病院に押し寄せることになりました。
石巻赤十字病院は病床数402、医師100名、看護師450名の石巻医療圏で最大の病院で、2006年に現在の場所に新築移転されました。宮城県沖の地震が想定されさまざまな対策が建物の設計段階からとられています。津波の被害も想定されていたため内陸部の東北自動車道に隣接した水田エリアを敷地とし、すぐ近くを流れる旧北上川の増水に備え敷地全体の土盛りが行われました。ハードの対策としては免震構造にし、さらに二重化電源、非常用発電機の設置、二系統水道の設置、貯水、患者用非常食の備蓄などの非常用インフラ対策が行われていました。ソフトでは、大規模な災害実働訓練を自衛隊、消防署と合同で何度も行うなど、災害拠点病院として万全な対策に取り組まれていました。
対策としては万全な取り組みを行っていた石巻赤十字病院が実際にどう機能したかを、震災が起こった当日の様子を記録した10分程度の動画(http://www.youtube.com/watch?v=Pc1ZO7YwcWc)を交え説明していただきました。免震構造であるため、かなり揺れがあるように見えるのですが、建物としての被害はほとんどなかったとのことです。発生後10分もしないうちに訓練通りに対策本部が立てられ、委託職員も訓練を受けていたため職員と協力して手際よく、トリアージに向けて作業が行われたことがわかります。トリアージとは、「人材・資源の制約の著しい災害http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%81%BD%E5%AE%B3%E5%8C%BB%E7%99%82において、最善の救命効果を得るために、多数の傷病者を重症度と緊急性によって分別し、治療の優先度を決定すること」で、外来待ち合室のイスなど配置を変更することで大量に押し寄せる患者に対応できるように計画されています。トリアージの他にも、酸素吸引を必要とする患者のためのスペース、薬だけを必要とする患者のための薬の処方外来受付、臨時病床など災害時に応急で対応できるように病院は設計されており、事前に行われていたシミュレーションどおりに使われたそうです。しかし、中には医療を必要としないが家が全壊・半壊しまったために病院を避難所として使ってしまう人が増えるなど病院の医療機能に支障をきたすような事態になってしまったため、苦肉の策として食事を一切与えなどの対策をとることで、避難所への人の誘導が行われました。避難所までの移動手段がないことも避難者がとどまってしまう理由であったので、病院が経費を自己負担する形でバスをチャーターしたそうです。一見厳しいようにも見えますが、病院として最優先である医療を途切れさせないための対策がとられました。
病院がその機能を維持するためにはライフラインの少しでも早い復旧・維持が必要となります。笠井さんが専門とされている透析治療では特に大量のリソースを必要とします。透析は腎臓を悪くすると命をつなぐために、週三回一生、続けなければいけません。一回の透析に水18リットル/人、3~4kw/人・時、必要で60床ある石巻赤十字病院では大量の水と電力と透析専用の特殊な器具が必要となります。災害時の透析医療は富士山の山頂で治療を行うようなものだと笠井さんは仰います。しかし、どのような状況であろうと透析をしなれば患者は命を落としてしまうことになります。津波によって生活基盤を失った多くの透析患者に対し透析を行うことが笠井さんたち透析医療者の急務でした。通信手段が限られているなかで、透析を必要とする患者の所在地を把握し、通院のための透析臨時バスをチャーターするなどの対策がとられ少なくない数の人たちの命が救われました。
院内のライフラインの電気・水道・ガスのうち電気・水道は自前の発電装置や貯水によって早い段階で復旧が行われましたが、低体温症の治療などに必要なお湯を沸かしたり、暖房を行うためのガスの復旧には時間がかかり自家発電による電気を使って代替措置がとられました。EVは機能的にはすぐにでも使用可能であったにもかかわらず、法律的問題で再稼働の前に点検が必要で、石巻のEV業者が軒並み被災したために東京からの業者を待つことになり復旧に数日を要しました。震災直後から大量に押し寄せた患者の搬送や、職員、物資の移動にEVを使えないなど大変な苦労があったようです。患者、職員への食事供給は、食材の供給が制限されていたために、配給制となり、一日の食事がおにぎり1つとイチゴ2つというような日が一週間続いたそうです。通信手段である固定電話・携帯・インターネットは数日から一週間程度使えず、衛星電話や石巻防災無線などにより外部との連絡は取れる状態ではありましたが、その利用はごく限られたもので、一般の方は自分や家族の安否を伝えることも救助要請も行えないような状態で、その対策が考慮されるべき点として指摘されました。
透析医療がこのような過酷な状況で破たんすることなく乗り切れたのは、以前から透析ネットワークをつくっていたことが大きいと要因であったそうです。近隣の6施設と透析ネットワークを2007年に立ち上げ、定期的に行われる会合通して医師や技師たちの間で直接コミュニケーションが図られていました。他の医師や技師たちがどのような人間で、何ができるかということをお互いに把握できたことで、震災後すぐに応援の医師たちが駆けつけたちあげた透析の災害対策本部がスムースに機能し、普段は60床で透析患者に対応している石巻赤十字病院で倍の120床での透析をなんとか行うことができたそうです。つまり、自助に加え、共助がうまく機能したことが未曾有の事態を乗り切れた大きな要因であったと笠井さんは語ります。東日本大震災のような大規模な災害が起きた時場合、自治体や国などによる「公助」が届くには数日から一週間程度かかってしまい、直後は「自助」による対応、つまり自立的な判断と行動が必要となります。半日から一日経つと「共助」、つまり自助を連携し「地域力」として事態に対応することが求められます。そのためには日ごろから想定のハードルを下げ想定の範囲を広げできる範囲で備えをし、想定外の事態が起きた時には思考過程・行動基準の標準化によって臨機応変に対応することが有効であると、伝えていただきました。
さらに結びとして重要な問題提起をされました。津波から逃げることができないのは、高齢者や子供や障害をもった人たちだと考えられがちですが、寝たきりの親をもった家族や、保育所の先生、防災関係者、そして医療に携わる医療関係者はたとえ津波が来るとわかっていてもサポートを必要とする患者や家族、児童をおいて逃げることができない、と。石巻市立雄勝病院では事務職員6名は無事助かりましたが、医師2名、看護師24名、患者40名の方々が津波にのまれ亡くなるということが実際に起きました。私たちは私たちの命を救ってくれる方々がこのような境遇にある事実を知り、自分たちの問題として、そのような職務に就く方がどうしたら命を落とさなくても済むのかという方法を考えなければいけません。
「情けは人の為ならず 我人の為辛ければ、必ず身に報うけり」。これは笠井さんの最後のスライドの一文です。情けは人の為ではなく、善い行いはめぐりにめぐっていずれは自分に還ってくるんだよ、という意味の言葉ですが、笠井さんはさらにそのような行いをすること自体が自分を鍛え、成長させていくことなんだと、それぞれの活動を行っている人たちへエールを送り、発表を終えられました。

三組目は建築家の相澤久美さん、編集者の高木伸哉さんに「震災リゲイン」http://shinsairegain.jp/を中心とした「支援者たちを支援する」ための数々の取り組みを発表して頂きました。
同じ建物の中でそれぞれの仕事をされていたお二人が、震災後、自分たちに何かできることがあるのではないかと話をして、情報を編集するための震災情報メディアを4/1に立ち上げられました。震災後、各地で様々な支援活動がすでに行われているような状況で、相澤さんと高木さんはそのような状況に対し、自分たちができることはそのようなさまざまな活動、取組みを見える環境として可視化し、必要なところに必要なものを届け、人と人の活動をつなげていくようなメディアをつくることなのではないかという考えに至ったそうです。 現在ではWeb震災情報メディアとしての「震災リゲイン」の他にも、紙メディアとしてフリーペーパーを発行したり、人と人の間に入って活動を支援する「つなぐプロジェクト」、さまざまな活動を行っている人たちへの取材、その他直接ボランティアを行うなど、多岐にわたる活動を精力的に展開されています。
「震災リゲイン」のホームページの詳しい説明を高木さんにしていただきました。「震災リゲイン」はトップページに「被災地の救援」「復興の提案」「情報の伝達」の3つのカテゴリーが並列されているのが特徴です。多方面での様々な団体の活動が一覧できるようになっており、一目でどれくらいの数の団体がどのようなことを行っているのかがわかるようになっています。それぞれの団体HPへのリンクを集め、個別のページへのリンクをたどることでより詳しい情報にアクセスすることができるプラットフォームのようなウェブサイトになっています。掲載する情報が全方向的でかなりの数であるため、その情報をどのように整理し、可視化するかという試行錯誤が繰り返し続けられているそうです。具体的には、現在トピック別に掲載されている情報を、他分野の活動との関係性を可視化できるようにMAP化したものがあり、試作段階のものを見せていただきました。被災した一つの街をとってみても、実にたくさんの団体、人が復興にむけて活動を行っています。民間企業やNPO団体、政治家や、ボランティアグループ、建築家、地元自治体、大学、などそれぞれの活動がどのような分野で、どのような活動を行っているか、またそれが外部団体なのか、地元団体であるのかなどがわかりやすく、実際に活用しやすいようにデザインされています。他にもTOPICSという欄には震災関係で活動している人に取材にいってその内容がレポートとして掲載、更新が続けられています。このようにさまざまな復興活動を集め1つのウェブサイトにアーカイブとして残していくことは、現在の支援者の支援に役立てられるだけではなく、今後また別の震災などの大規模な災害が起きた時に、どのような活動が必要で、どこがそのようなノウハウや、情報を持っているかを伝えることにつながると相澤さんが付け加えます。
 次に、広報誌のフリーペーパーの説明を編集長である高木さんに続いてしていただきました。ウェブにアクセスしない方にも震災の情報を届けようと紙媒体としてフリーペーパーが発行されました。広報誌10万部を新聞社の協力得て折り込み広告にいれてもらうことでお茶の間まで情報を届けようという試みです。「震災リゲイン」のウェブページのTOPICSの内容が記事として掲載されています。ユニークなのはそれぞれの記事の最後に「買う・寄付・参加」などのアイコンがついていて、積極的に現地に行くことはできないが、何か現地の支援を行いたいと思っているような人たちが気軽に支援を行えるようなきっかけを提供できるようにデザインされていることです。被災地の産品を買える通販をするための方法や、ボランティア受付窓口の連絡先が記載されています。
 続いて相澤さんから「つなぐプロジェクト」についてお話しいただきました。 「つなぐプロジェクト」はその名の通り、何か具体的に活動したいという人と、その時に必要となる物や、場所を提供できる人を直接つないでいこうというプロジェクトです。ADcafe スタッフのもりひろこさんの「tanaproject」はその例の一つです。ラ・ケヤキという場所で相澤さんが行った震災関係の活動報告会でもりさんが手を上げ企画段階の「tanaproject」の支援を呼びかけたことがきっかけとなりプロジェクトがスタートしました。いろんな企業や、材料、人など「tanaproject」を進めていく中で必要と思われるもので足りていないものを、相澤さんが紹介、プロデュースしていくかたちで実現までこじつけ、2012年一月現在までに計8回、東北各地、東京でワークショップが行われました。「つなぐプロジェクト」ではこのような支援者の支援活動を数多く行われています。他には、仙台在住の若手監督二人による映画「なみのおと」の配給協力、日常を失ってしまった被災地の方に対話の場をつくりだすことを目的とした「対話工房」、塩害をうけた田んぼの土をつかって家や倉庫をつくる「土プロジェクト」、仮の敷地に暫定的にしか仮設物を設置できない女川に可動式の宿泊施設をつくる「モバイル・スマイル」プロジェクト、他詳細は省かせていただきますが、「網戸設置プロジェクト」「放射能測定検査プロジェクト」「ハイタイド文具配布プロジェクト」、「東北キャラバンプロジェクト」など幾多のプロジェクトの広報・プロモーション、活動資金の調達、マネージメントなど、支援を実現するための活動をされています。
まだまだ話すことはいくらでもあるよ、という顔の相澤さん。会場は二人の行動力、実行力、瞬発力に圧倒されっぱなしでしたが、このように「震災リゲイン」ではネットワーク上で、「つなぐプロジェクト」では体を張って直接人と人をリンクさせる試みが続けていきますと、高木さんに発表をまとめていただき三組の発表が終了しました。

以上三組の方々の発表のレビューになります。
以下、簡単に個人的な感想を書かせていただきます。みなさんの精力的で、献身的で継続的な活動の数々に圧倒され、同時に自分にできることは何かと考えさせられました。震災からもうすぐで一年が経ちます。この一年でいろいろなことが変わりました。震災を機に始めた活動の延長で勤めていた会社を辞めた人、社内のメンバーで毎週のように集まって自分たちにできることは何かと議論をし、現地に通う若い友人たち、被災地に引っ越した人、実家に戻った人、結婚した人、父親母親になった人、政治家になった人、文章を書いて新しい社会を描こうとする人。この国には人がいます。震災は多くのものを奪い、破壊しました。しかし、同時に以前はなかったものたちが生まれました。この人たちがいる限り私たちの社会はプラスに開かれているはずです。支援が被災者に行き届き、被災者の方たちが日常を取り戻せる日が来ることを願っています。 

青木健 / PLAY

2012年1月14日土曜日

*【詳細決定しました!】ADcafe.311 vol.05 【2012.01.28(土)】*

◆ADcafe.311 vol.05を開催します◆

みなさま、明けましておめでとうございます。
今年もADcafeは引き続き、2-3ヶ月に1回のペースで、建築とそのまわりの分野の支援の情報共有の場として開催していく予定ですので、よろしくお願いいたします。

2012年第1弾、vol.05の開催が決定しました!

今回も、前回同様3331 Arts Chiyodaにて、場所をお借りします。

vol.05では、震災直後から広範囲にわたって活動を展開されてきた建築家の相澤久美さん、編集者の高木伸哉さんをお招きし、震災情報専用メディア「震災リゲイン」についてお話いただくこととなりました!

また、石巻赤十字病院に勤務されている医師・笠井暁史さんからは、震災当日、現場で何が起きていたのか、生の体験談をお話しいただきます。

ADcafe.311 staffである谷口景一朗からは、被災地の地形図に各種リスクを重ね合わせることよって、復興のベースマップとする「避難地形時間地図(通称:逃げ地図)」の取り組みについてお話をさせていただきます。

日にち:2012年06月17日()
時間:13:50開場 14:00開始 17:00終了予定
場所:3331 Arts Chiyoda
〒101-0021 東京都千代田区外神田6丁目11-14


大きな地図で見る

参加費:無料
参加方法:adcafe.mail@gmail.comまで参加の旨と名前・連絡先をご連絡ください。

【発表してくださるみなさん◆決定しました】

<program>
13:50 開場
14:00 スタート
14:10 谷口景一朗+日建設計震災復興ボランティアチーム
  「避難地形時間地図(通称:逃げ地図)の取り組みについて」
14:40 笠井暁史(石巻赤十字病院)
  「震災後の石巻赤十字病院」
15:00 休憩
15:20 相澤久美(ライフアンドシェルター社)+高木伸哉(フリックスタジオ)
  「震災リゲインについて(仮)」 
16:00 フリートーキング
16:50 お知らせ
17:00 クローズ

出席希望のご連絡、質問等は上記アドレスまでご連絡ください。

ADcafe staff

2011年12月13日火曜日

ADcafe.311 vol.04 レビュー

12.03に行われたADcafe.311 vol.04のレビューを掲載します。
今回のレビューは、渡辺明設計事務所の小池宏明さんに書いていただきました。

発表していただいた各プロジェクトを体系的に分類した上で、それぞれのプロジェクトについて詳細な感想を寄せていただいていますので、是非ご一読下さい。

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□はじめに

はじめまして。
AD cafe vol.02から参加させていただいている小池と申します。
この度スタッフの谷口さんのご厚意でAD cafe vol.04 についてのレビューを書かせていただくことになりました。拙文にて失礼いたしますが、至らぬところ等、御指導賜われれば幸いです。

□ AD cafeについて

2011.3.11の震災から約9ヶ月の月日が経ち、被災地の周辺には復興という言葉が目立ち始めています。この言葉はその前向きな力強さゆえ「いまそこにある現実」を覆い隠すきらいもあり、現実と現在の接点が本当に同じところにあるのかどうかを見極める必要があると言えます。そうした中で、今回で4回目となるAD caféはこれまで学生や若手社会人を中心に震災に関わる様々な意欲的な取組みを紹介し、現地に目を向けその課題と成果を一同にすることで、小規模ながらも情報共有の役割を果たしてきていると言えます。

□ 発表者の方々

今回は過去に発表していただいた4組の方々、私共よりも少し上の世代の菅原大輔さんにお越しいただきお話を伺いました。
vol.02のレビューにおける中木さんの分類をもとに、整理させていただきまして、次章でそれぞれの発表報告をさせていただきます。

◇震災関係プロジェクトの分類(参考:2011.9.8 中木さん)
1) 避難所の居住性/仮設に関すること
  *陸前高田の木造応急仮設住宅: 建築家・菅原大輔さん
*女川町仮設住宅:チームVANさん
2) 本設の復興計画
*a book for our future,311:中木亨(8to8office)さん
3)創作やアートによる活動
  *Creative for Humanity とプロジェクトFUKUSHIMA! :アサノコウタさん
* tana*project:もりひろこさん

□発表について

1) 避難所の居住性/仮設に関すること
国土交通省の発表では12月5日現在、被災地を始め各地に52,120戸の応急仮設住宅が建設されました。供与期間が原則2年、その後の常設転用は不可とされる仮設住宅は通常各都道府県が協定を結ぶプレハブ建築協会からの供給を受け建設が行われますが、今回は地元企業への発注が可能になり、協会の標準仕様をもとに木造等の仮設住宅等が建設されることになりました。

*陸前高田の木造応急仮設住宅: 建築家・菅原大輔さん
岩手県陸前高田市住田町での60棟の木造応急仮設住宅です。住田町の住田住宅産業は震災前から「非常事態建設」を念頭に応急仮設住宅の開発をはじめ、今回もその経緯を踏まえ100Vの自家発電での施工、木材のパネル化による簡易組立等の規格化をもとに木造仮設住宅を建設しています。地場産業としての林業に町と企業が一体となって取り組んでいることもあり、町が仮設住宅の費用を負担し、事後に県が仮設住宅として認めているのも大きな特徴と言えます。そうした中で菅原さんは住田住宅産業と原田勝之氏とともに現地にてインフラ整備と配置計画を担当。最短距離で建物に給排水管を接続すること、既存樹木やプライバシーを考慮して建物の角度を振って配置すること等の操作で、外部空間に住民交流の場を設け、全体として集落のような仮設住宅群を構成しています。表面的な仕上げや構法に集中しがちな仮設住宅においてインフラ整備の重要性を明らかにし、配置計画で仮設住宅のあり方を変えることができることを示している例ともいえます。ここでは他に社団法人more Treesをはじめ多くの支援団体からペレットストーブやLEDなどの支援を受けており、菅原さんがハードを使うことでひと・こと・ものなどのソフトをどうつなげていき、どうすればそれらを最大限活かせるかを想像するのが建築家の職能なのではないかという話が印象的でした。

*女川町仮設住宅:チームVANさん
震災直後の体育館などの避難所で活用された紙管とカーテンの簡易間仕切りの提案と実施(vol.01)、女川町でのコンテナ積層型仮設住宅の竣工(vol.04)、現在進行中の集会所と震災から現在にいたるまで状況と共に必要とされる施設を継続的に建て続ける坂茂さん率いるチームです。
今回の発表ではISO規格のコンテナに窓を設けた居室(6坪タイプ)と、フレームのみのコンテナを組み合わせることで、耐震性を考慮しながらも開放的なリビングダイニングをもつ居室(12坪タイプ)を平面的に構成することや、3層に積層し、フットプリントを小さくすることで、外部に広いコミュニティースペースを設けること等の提案を紹介していただきました。住戸内部にはつくり付け棚を設置し、生活用品の収納スペースを確保しています。これらの棚はVANに寄せられた義援金をもとに現地で学生をはじめとするボランティアの方々により制作され、その数は1,800個にも上るとのことです。内部にはルイ・ヴィトン社、社団法人more Treesからの協力による間伐材の家具、良品計画からのカーテン等が設置されています。構法から内装、家具にいたるまで女川町をはじめ多くの支援が結実している仮設住宅でもあり、その支援規模の大きさは圧倒的で、先述の「ハードを使うことでひと・こと・ものなどのソフトをどうつなげていくか」に対するひとつの回答ともいえます。

2) 本設の復興計画

*a book for our future,311:中木亨(8to8office)さん
中木さんの活動については谷口さんによるvol.02のレビューが詳しいため詳細についてはそちらをお読み頂ければ思います。今回は特定のプロジェクトではなく、時系列の中で同時に平行して様々な動きや活動があったことを御紹介いただきました。青木淳建築計画所と共に協同提案する高台プロジェクト、中田研究室の学生発案の「なかしずてぬぐい」、UIA東京大会でのブース展示、そして現在進行中の木造建築物等、多くの人や企業が少しずつ関わり協同する小さな支援の集合が、ウェブ上の各種サービスを活用しながら行われているのが印象的でした。地元住民と遠隔地の方々との交信のみならず、データベースのクラウド化による情報共有など、汎用性のあるプロジェクトの進行形態も特徴で、本設の復興計画という大規模ゆえ、どうしても先行きが不透明な状況に陥る現状に対し、一つの小さな地区発のいわゆるボトムアップ型の復興計画の例とも言えるのではないでしょうか。復興計画の旗印のもとのひと・もの・ことのつながりをどう支援としてマネジメントするかが現地では非常に重要であるかを示唆しているように思います。

3)創作やアートによる活動

今回の震災には地震や津波に加え、福島での原子力発電所の被災による放射能汚染による被害があります。広範囲に及ぶ被災地で今も生活する方々と共にあるプロジェクトの紹介です。

*Creative for Humanity とプロジェクトFUKUSHIMA! :アサノコウタさん

Creative for Humanityでの活動と音楽家・大友良英氏方のプロジェクトFUKUSHIMA!における「大風呂敷」を御紹介していただきました。震災前からの「こどものえがくまち」「こどものいえ」をはじめとして現地のこども達と共に福島の可能性を模索してきたアサノさん。今回は避難所で段ボールを用いた「こどもの隠れ家」ワークショップを手掛け、生活に疲弊した大人たちが子どもたちの元気な様子を見て元気になったという話をされ、震災後も変わらない態度で継続的に福島のために活動していく様子は明るい可能性が提示されていたように思えました。後者の「大風呂敷」は実際に8月15日に行われたフェスティバルFUKUSHIMAの舞台でもあります。放射線衛生学者の木村真三氏の助言と共に放射線による表面被爆を防ぐため芝生に大風呂敷を広げ、そこで音楽と詩の屋外フェスティバルを行うという非常にメッセージ性の強いイベントでもありましたが、緑の大地に広がる大きな布地は本当に色鮮やかで美しく、そこで過ごす人々の楽しげな姿からその大風呂敷のおおらかさが際立っていたのがとても印象的でした。全国各地からの大・中・小に分けられた布地を市内の工房にて24時間態勢で縫い合わせ、多くの人々の手を伝い縫われた「大風呂敷」は広島の千羽鶴や戦中の千人針をどことなく想起させ、平和への願いが込められた巨大な布地ともいえます。大風呂敷は現在制作工房にて保管され、今後はアクリルケースに入れられて海外の美術館を巡回する話も出ているようです。
アサノさんは、自身が福島出身であることを拠り所に、「福島」と「FUKUSHIMA」をもって「フクシマ」に真っ向から立ち向かう稀有な存在ともいえます。現在は屋内に土や葉を敷き詰めたこどもの遊び場を二本松市に計画中とのことで、全国各地からの土や葉を集めているとのことです。

* tana*project:もりひろこさん

市井のボランティアとして避難所を訪れる中で、生活に関わるのものものを片付ける場所が足りないと感じ、段ボールで簡易収納「tana」制作するワークショップをはじめたもりさん。今回はVol.01では企画段階だったtana*projectがその後、段ボールやマスキングテープのメーカーをはじめNPO団体等の協力とともにこれまでに現地で何度かのワークショップを開催している様子を紹介していただきました。子どもや大人が「tana」に自由に絵を描く様子や創作に励む様子の写真はどれも楽しげで微笑ましい様子が印象的でした。10月には有限責任事業組合化を行い、今後の活動の継続のために、もりさん自身の立ち位置も変化しています。誰かと一緒につくるワークショップでは、参加者と運営者間のコミュニケーションはもとより絵の具や紙テープ、マジック等の工夫でひとつひとつの「tana」が豊かな表情に変化していき、参加者が充実した表情をしていたのがとても魅力的でした。現在は181個を制作し109人の方が参加されたとのことです。
「身の回りで使うものを自分でつくれるようになることがいい」というもりさんのことばからも児童福祉や高齢者福祉、こどもの教育活動などへの広がりがあるように思えました。最初は小さな思い付きであっても実現へむけて行動することで多くの人の手により発展していく可能性があることを示唆するプロジェクトでもあります。

□まとめ

今回は魅力的な仮設住宅を御紹介いただきましたが、総数52,120戸の仮設住宅において、雑誌等に掲載されているものを含めてもその数は微々たるものにすぎません。
仮設住宅と一言でいえども、自治体や関係団体の体力や温度差が住環境格差をもって顕在化している様は残酷ともいえます。この一見どうしようもない状況に対してvol.04では資金を伴う個人の行動力の可能性(VANさん)、インフラや配置という建物周辺を考える事での展開可能性(菅原さん)、地域発情報ネットワーク経由の復興計画(中木さん)、現状を受け入れた上で目の前の人のために行動すること(アサノさん、もりさん)と非常に示唆に富む発表が行われていたように思います。

□今後の課題

*仮設/本設住宅における「土地」の問題
後半のディスカッションでも話題に上がりましたが、仮設住宅には建設地の問題があります。「土地を買い、建物を建てる」従来の手順に対し、緊急的に広い土地を必要とする仮設住宅は国有地のみならず民有地を利用することもあり、土地の名義や税制の点からも微妙なところに位置しています。そうした中で国の補助金で建てられる仮設建物には事業体が入ったとしても「土地=床」に発生する家賃収入は見込めず運営資金の確保にも関わります。今後の本設においても「土地」や「道路」のような前提条件の理解と把握に基づく整備は重要な課題であるといえます。
*支援活動の持続性について
持続的な活動には当然ながら資金が必要です。これは全てのプロジェクト共通の課題になっています。一方で被災地域ではそこに生活する人々の失業など雇用問題が顕在化しており、第三者が内部に入り活動すること事体の是非を問う声も聞こえはじめました。今回発表された、チームVANさんのように寄付金を募り活動を行う例は実際にあり、寄付金による運営は世界的な医療活動組織でもある国境なき医師団も同様です。どう組織が社会と接続して活動するかは今後の被災地での活動や、別の地域が被災した場合を考えると重要で、特定の個人の行動力に頼るだけではなく組織だった仕組みを整え、備えることの必要性を感じます。

□おわりに
多くの方々がこれまで言われているように、震災での地震や津波による直接被害と地方都市における潜在的な問題の表面化による被害が何重にも重なっているのが現状です。被災地域を考えることで他の高齢過疎化地域、国の経済状況への関心を広げ、現状に接し対することで将来のリスクの軽減を思考することが求められている状況下ではこのような意見交換の場はその役割をもつものだと思います。

今回発表された方々は現在も継続して被災地での活動を行っています。
関係者の方々の今後の活動と健康を、被災地域で過ごす人々に少しでも多くの平穏が訪れることを願っております。
長々とした乱文の御静読にお付き合いいただきどうもありがとうございました。


小池宏明/渡辺明設計事務所

□参考文献

・「新建築 12月号」(新建築社)
・「新建築 住宅特集12月号」(新建築社)
・「建築雑誌10月、11月、12月号 特集 東日本大震災」(日本建築学会)
・「応急仮設住宅の着工・完成状況等」国土交通省12月5日現在

2011年12月4日日曜日

◇無事終了しました◇ADcafe.311 vol.04 2011.12.03◇

◆【ADcafe.311 vol.04 2011.12.03】が無事終了しました。◆

今回も、3331 Arts Chiyodaの102号室、わわプロジェクトさんの場所をおかりして開催しました。

今回は、1、2回目でプレゼンしてもらった人たちにその後の経過を報告してもらったのに加え、ゲストとして菅原大輔さんに来ていただき、これまでとは少し違う世代の方のお話も聞けて、とても勉強になったと思います。
またその後のディスカッションでも、会場にいらしたArchiAidを中心になって運営されている堀井義博さんから鋭い質問が次々と飛び出し、これまでの経過や今後の展望について白熱した議論が交されました。
詳しいレポートはまた後日こちらでアップいたしますのでしばらくお待ちください。
発表者のみなさん、お忙しい中どうもおつかれさまでした!
また、おこしいただいたみなさんも、どうもありがとうございました。

さて、今年のADcafeはこれで終わりです。
次回は来年1月末に開催予定です。
また日程など詳細が決まりましたらこちらで告知します。
来年もどうぞよろしくお願いします!

<staff一同>



2011年11月9日水曜日

*【詳細決定しました!】ADcafe.311 vol.04 【2011.12.03(土)】*

◆ADcafe.311 vol.04を開催します◆

9月のvol.03から少し間が空きましたが、vol.04の開催が決定しました!
今後ADcafeは2-3ヶ月に1回のペースで開催し、建築とそのまわりの分野の支援の情報共有の場として継続していく予定です。

今回も、前回同様3331 Arts Chiyodaにて、場所をお借りします。

vol.04は、陸前高田の木造応急仮設住宅、住田町+住田住宅産業開発の「木造仮設住宅ユニット」のインフラと配置を計画されました建築家・菅原大輔さんにお越しいただき、お話いただけることになりました!

また、2011年も最後の月、12月に開催ということで、レビューと忘年会を兼ねて、これまで発表してくださった方に、その後の活動についてご報告頂くことになりました。

7月に行われたvol.01で発表してくださった、
VAN間仕切りプロジェクト:土井亘・宮幸茂+チームVANさん
こどもの隠れ家プロジェクト:Creative for Humanity あさのこうたさん
8月に行われたvol.02で発表してくださった、
a book for our future,311について: 中木亨(8to8office)さん

の3組の方にもお話し頂きます。

今回からは、参加費は頂かず、どなたでもご参加頂けるようにします!

日にち:2011年12月03日(土)
時間:13:50開場 14:00開始 17:00終了予定
場所:3331 Arts Chiyoda
〒101-0021 東京都千代田区外神田6丁目11-14


大きな地図で見る

参加費:無料
参加方法:adcafe.mail@gmail.comまで参加の旨と名前・連絡先をご連絡ください。

【発表してくださるみなさん◆決定しました】

<program>
13:50 開場
14:00 スタート
14:10
 これまで発表してくださった方々のその後の活動について
 1.土井亘+チームVAN
  「女川町コンテナ仮設住宅とそれに関するボランティア活動について」
 2.アサノコウタ「Creative for Humanity」福島代表/プロジェクトFUKUSHIMA!「福島大風呂敷」
  「福島とFUKUSHIMAについて」
 3.中木亨(8to8office)+宮城大学中田研有志
  「a book for our future,311の経過について」
 4.もりひろこ/tanaproject
  「tanaWSの報告」
15:20 休憩
15:30 菅原大輔(SUGAWARADAISUKE)
   【地場産業×建築家】集落のような仮設住宅@陸前高田
16:10 フリートーキング
17:00 クローズ


出席希望のご連絡、質問等は上記アドレスまでご連絡ください。

ADcafe staff

2011年10月1日土曜日

ADcafe.311 vol.03 レビュー

09.23に行われたADcafe.311 vol.03のレビューを掲載します。
今回はADcafe.311を主催させていただいている中川が書かせていただきました。

ぜひご一読いただけたらと思います。

□はじめに

ADcafe vol.03で発表してくださった皆さん、ありがとうございました。稚拙な文章ながら、レビューを書かせていただきたいと思います。
今回は学生会議のメンバー4人の研究室や団体におけるプロジェクト、アトリエ事務所に勤務される方の個人のプロジェクトを発表していただきました。

□学生会議について

学生会議は日建設計特別オープンデスク生による第一回復興を考えるブレインストーミングの懇親会において立ち上げたグループです。内容は数ヶ月に1回仙台か東京で集まり、それぞれの近況報告をしあって話し合うというものです。
学生という立場は、まだ実務能力も足りず金銭面においても余裕がない一方で、学生だからこそのフットワークの軽さを持っていると思います。目に見える成果をすぐには出せないかもしれませんが、お互いの情報を共有しながら、自分たちにもできること、また自分たちだからこそできることを話し合うことは、有意義なことだと考えています。
 
●東北大学遠藤貴弘くんによるせんだいスクール オブ デザインでの活動

 災害にまつわる人数、金額、距離、重量、面積などの「量」に注目し、視覚化を試みた活動でした。具体的な内容としては以下になります。

・研究者たちがフォーカスする被災地の分布範囲を視覚化した「地図の地図」
・津波の高さを直感的に理解できるよう視覚化した「比較によって高さを体感する」
・津波が総体としてどのように押し寄せたかを視覚化した「海岸延長によって津波の総体を認識する」
・地震のすさまじい揺れを一目で見て取れるよう視覚化した「揺れるグリッド地図」
・救援物資の入りと出を視覚化した「支援のネットワーク」
・各避難所における震災直後からの物資の不足状況の時系列変化を視覚化した「避難所アセスメントの時空間マッピング」
・具体的な復興の度合いのイメージを視覚化した「50%の被災者復興過程」

災害において、情報の共有はすごく大事なことです。実験の結果も解析しなければあまり意味をなさないように、震災の状況もただ数字をあげるだけでなく、このようにわかりやすく視覚化することで、より迅速なトップダウン的な状況把握を促し、さまざまなことが改善されてくるのではないかと思いました。

□アーキエイドのサマーキャンプについて

石巻市東部の牡鹿半島にある30の浜でそれぞれ地元住民に方々にヒアリングを行い、復興計画案を提案する、7/20-24の5日間で行われたワークショップです。現地において、細かな住民の意見をくみ取りながら計画していく、ボトムアップ型の街づくりと言えます。
LINK:http://archiaid.org/projects/pj0015/

●東京工業大学袁碩くんによるアーキエイド・サマーキャンプの活動報告

 東京工業大学塚本由晴研究室が担当したのは鮫浦/大谷川浜/谷川浜/祝浜で、鮫浦湾を取り囲む、ホヤの養殖が盛んな場所でした。ここで住民の方へのヒアリングをもとに重要なキーワードとして挙げたのは、住民の浜との結びつき、浜ごとの自立性でした。このチームの特徴的な提案は、4集落の漁業機能の集約でした。

袁くんは、現地に行く際に外から人が入っていくことはどうなのかという戸惑いがあったと言っていました。しかし、住民の方が復興のイメージはそれぞれ持っていてとにかく話したいとは思っているが、それをうまく表現できないのが問題であることがわかり、そこで計画案をつくるサポートをしたいと考えたようです。住民の細かな意見を集めていく今回の取り組みは、学生という立場はプラスに働いていたのではないかと思いました。

サマーキャンプの後の漁協支所の協議によって、袁くんのチームの提案した4集落の漁港の集約案が進められることに決まりました。今後も関わらせていただくとのことで、どうなっていくのか注目したいと思います。

●東京理科大学荒井隆太郎くんによるアーキエイド・サマーキャンプの活動報告

東北工業大学福屋粧子研究室+東京理科大学water edge studioが担当した小渕浜は、トツ山を囲み、2つの港に面していることが特徴として挙げられました。特徴的な提案としては、トツ山を一周するお祭りを考慮に入れた道路計画、2つの港をつなぐみなと広場の創設でした。

荒井くんは、住民の方へのヒアリングがいかに難しいかということと、住民の方たちの方が斬新なアイデアをもっているということを話していました。ヒアリング会場において、前に座る人、後ろに座る人、座らず遠くから見ている人、そもそもその場に来ない人、様々な住民の方がいらっしゃる中で、自分たちで模型を後ろの席の方や外に持っていってお話を伺うと、全然違った意見が出たようです。「ヒアリングをする」というときに、どのような方からどのように意見を拾っていくのか、よく意識する必要があることを考えさせられるお話でした。

小渕浜は現在、小渕浜通信というHPを立ち上げ、活発な復興プロジェクトを記録しています。これがおそらくサマーキャンプの後からであったことから、サマーキャンプにおける取り組みが住民の方々をさらに勢いづけることに貢献できたのではないかと思います。

●東洋大学大山宗之くんによる研究室においての活動報告

・アーキエイド・サマーキャンプ
 
 東洋大学藤村龍至研究室が担当したのは小網倉浜/清水田浜で、カキやイワシの養殖が盛んな場所でした。大山くんのチームの提案で特徴的だったのは、高台移転で分散する住宅地を結ぶ散歩道、将来観光地にもしていく展望からの宿泊施設の新設でした。

大山くんチームの活動において特徴的だったのは、現地調査の際にまずお墓を見学したということです。これによってその土地において権力のある人がわかり、実際に訪ねてみるとその方が区長をやられている方だったとのことです。ヒアリングにおいては、はじめは「区長のおっしゃることが絶対である」という住民の方の共通認識があり、こちらのチームも細かく意見を拾っていくことには苦戦したようでした。また、住民の一人は仮設住宅を行政から支給されるのを待っていられないとご自身で購入された、という話もありました。

・国土計画リサーチから3.11を経て書籍になるまで

東洋大学藤村龍至研究室における研究活動について。時間の意識を持つ、インプットからアウトプットへという研究室の指針によって、リサーチから書籍に掲載するまでがかなりハイペースで驚きました。1年半で掲載されたものは以下です。

・『アーキテクチャとクラウド』『思想地図βvol.1』に掲載したCITY2.0リサーチ
・『JA82 -日本の都市空間2011-』に掲載された恵比須・大崎の都市空間リサーチ
・『思想地図βvol2』に掲載されたLITTLE FUKUSHIMA
・『住宅特集』2011年9月号に掲載されたTROPICAL CITY

サマーキャンプにおいても、これらのリサーチの蓄積は大いに生かすことができたのではないかと思います。最後に、「質問する」ことを常に心がけていると話してくれた大山くんは、ADcafeの場でもしっかり一番に質問してくれました。

●ナカジマシゲタカさんによる「オクリエ、アシタエ」の紹介

「オクリエ」は年内の取り壊しの決まった建物に送り化粧をするプロジェクトです。場所は福島県いわき市の小名浜です。ナカジマさんとたんのさんの2人を中心に進められ、住民の方を巻き込みながら行われていきました。壁一面に広がる松の木と、絡み合う光、また「小名浜カラ!」と大きく書かれた力強いメッセージからは、これから復興に向けて、何かが小名浜で動き出すことを予感させてくれるように思います。この「オクリエ」は本にもまとめられ、8月15日に所有者のご家族に送られました。これで「オクリエ」は終了し、これからは「アシタエ」というプロジェクトを行っていかれることです。

ナカジマさんは、「今日できること」をやりながら、「明日できること」をやっていくとおっしゃっていました。「今日できること」であった「オクリエ」のような変化が目に見えて感じられるものは、人の心をぱっと明るくし希望を感じさせてくれるような、すごく魅力的なプロジェクトだと感じました。これからさらに広い意味での復興を目指した、「明日できること」である「アシタエ」がどのような壮大なプロジェクトになっていくのか、すごく気になります。

□フリートーキング

 後半のフリートーキングでは、情報の共有や大学の役割について主に話し合われました。

 情報をネットで公開するなど「ただオープンにする」というよりは、「必要な場所にちゃんと届ける」ことが大事という意見や、情報発信のひと手間を行う第三者の組織が必要なのではないかという意見がありました。ネットで不特定多数に向けて発信するやり方からADcafeのように顔を直接見合わせて伝えるやり方まで、かなり幅広い「共有」の仕方があります。それを場合に応じてデザインすることが大事であることを考えさせられました。

 また、大学は理系文系問わず色々な学部が集まっているため、相互に情報を共有しやすい、あるときは行政や民間企業、建築家など他の組織と関わりやすい、といった利点が考えられます。しかし現状としては、建築学科で行われていることと社会・経済に溝があること、また、入れ替わり激しい中で研究内容をちゃんと継承するのが難しいのではないかということなど、様々な問題を指摘され、大学院生である私自身としてもすごく実感している問題でした。どうすれば研究がしっかり社会において役立つものになりうるのか、これは震災に関わらず常に立ちはだかる問題であるように思います。

□おわりに

今回は発表の内容のみならず参加者も色々な立場の方であったため、議論がすごく活発に行われたように思います。違った立場の方とは、このように顔を合わせて話すことが特に大事で、それによってさらに広い視野からいろいろなことを考えられるようになるのだと思いました。

長くなりましたが、発表してくださったみなさん、参加していただいたみなさん、本当にありがとうございました。


ADcafe.311 staff/中川あや